2011年9月22日木曜日

秋

窓から秋がしのび入る。響きは耳に続いている。そして
白い夜があり、私は永遠に奪われつづける。もはや
気配さえなく、夢は果てしない下降をやめない。
頁をめくる手はそこには見えない。
音は鳴り響いているが、あなたの心には届かない。
そう指摘した私の指は空間をコの字に浮かんでいる。
いまは秋。

2011年9月13日火曜日

夢


「夢は  そのさきには  もういかない」(立原道造)

あふれ出ることばはその先を見失っている。もはや
季節はめぐって、ふたたび若者たちの前に立つときが近づく。
ふたたび祭典はいっぽうで用意されている。いくつもの
話し合いの先に
想い出のはてに
ともに分かつ(だろう)よろこびを待ち。

しかし、夢は先へと進むのか?それはいつもの僕の歩みの
延長線上にあるのか?

想いも先へはいかない。

願いはその目標を見失っている。
瞳は橋の下の流れを見続けている。
ことばは発せられる前に消えつつある。

3つの子音が絵をはさんで消えてゆく…

2011年8月28日日曜日

音楽

ねえ、なんて多くの音楽が僕たちの前にある?
もう驚かないね(少なくとも)君が多くの楽譜とイメージを使って
あの人たちの前で奏でることが予定帳のなかにひとつまたひとつと
書き込まれていったとしても。

華やかな舞台を(思いがけず)僕たちが組み立てることになったことを
君は驚いているけど、それは(きっと)段落から段落へときどき見える
風景の移り変わりにすぎないんだよ。

そんなに遠くない先に慣れる、そう、成れる。
きっと言うよ「今度は誰だろう?」「今度は何だろう?」

大変さの中でも、それは見知った手続き、逃れられない感動をもたらす
世界、システム……名前は「音楽」。

2011年8月5日金曜日

伝わった思い

祝祭の記録を整理しながら、そのあとに訪れるストーリーや
計画を見るにつけ、はじめて、僕らのやりとげたことの広がりを
理解し始めている。

「これって、すごいことをやり始めてない?」
思わず言ったね…

それに反して驚かれるのが、それを支える人数の少なさ。

誤解が誤解を生み、計画が広がったとしても、
確かな証しがあれば、それも真実。

それを生みだした情熱と思いは真実なんだから。

苦しんで受け取った贈物であったとしても、教訓は残るし、
最後には喜んでもらえるよう、改良を重ねて。

計画は遠くに行ったのではなく
僕らの「思い」が伝わったのだ。
思いが書類を書かせ、手続きを進めさせ、
そして、ついに、音がその場に鳴り響いたから、
だから、あの人たちを動かしたと思いたい。

2011年8月4日木曜日

確実なこと

いまひとつだけ確実なことが分かった。
書くこと。書けること。そのために書くこと。
誰にために書けないこと。

書く人。

再生

各瞬間一つ一つが新しいのかもしれない。

想像力は結局はゼロからゼロまでの迂回にすぎず、
瞬間に感じたことがくり返しに見えたとしても
実はそれは常に生まれ続ける愛であるかもしれないし、
もしかしたら、そこが行きどまりの絶望の宣告なのだ。

いずれにせよ、生はくり返されず、死はいき戻りしない。
このように僕は次の一日を生きることが出来る。

2011年7月19日火曜日

街灯が点いている

街灯が点いている。昼間なのに。
あれはあなたのところへ導く光なのか?
苦しむあなたに。
しかしそもそもあなたは存在せず、騒がしく鳴き続ける雀たちの
影にかくれた幻影なのか?
でも、確実に言えること、それは僕はもうそこにいないということ。

2011年7月18日月曜日

夏

そしてときどき雪が降って、森の声は深く響いていたね。
季節はめぐって鳥が教えてくれた。そう、もう夏なんだ!
小川を溢れさせて雨が続いていた、もう止まないのかな、風は
どんどん強くなる。ほら、見てごらん、雲の切れ目から虹が
その色を濃くしている。ひとつずつ。

2011年7月16日土曜日

テンスの問題

僕はあなたの(近い)過去を遡るのがこわくて、
そして(近い)未来を語るのもこわくて、
僕らの共通言語は(文法的にも)語られないままでいる。
いっそのこと(穏やかな)現在形のままでとどまったら?
と友人は言う。非常にロジカルな考えなので、今日、
僕の教室でも語れそうだ。実際、大学では現在のときを出ないのだ。
彼らはいつも同じ表情を見せるのだが、実際は違っている。
たとえば、昨日僕たちが見た風景が何百年も変わっていないと言ったとき、
さらにそこに(種明かしのように)ひとつの錯覚が存在して
実はわれわれが感嘆する文化とは常に「現在性」であったのだ。
もっとも鄙びたる過去が「その時」へのもっともラディカルな
オマージュだったとすれば、今年のはじめから僕が失った永遠性への
恐れ、ただ、目の前にある存在を失うことへの悔恨は理のある
文法事項と言えるのか?

2011年7月13日水曜日

呻吟

遠い道をやって来て、遠い道を帰ってゆく。行き先は
この前の町だ。僕らが熱い地球の裏側の音楽を聴いた場所。
そう、言っていた、この電車はおおきな湖のある県に通じているって。
どうして、あなたたちは人と人の結びつきのきまりを大切にするのか?
それは大切なものだから。それはこの照りつける太陽の裏側の
ひそやかな町でも(きっと)大切に守られているものだから。

僕は(もはや)言葉と言葉のつながりの中でしか生きられない。
人と人のつながりでしか思いを告げられない。もはや言葉は
言葉としての音も
意味も
まじわりも
遠くからの余韻もやめ
響きあっている
投げかけあっている
その瞳を閉じようとしている
開けようとしている
もう空も雲も
光も
輝きも存在しない
あるのは引き続く言葉の捨てようのない
思いでだけだ…………………

2011年7月10日日曜日

夏

雨季は去り、理想的な季節を迎えたのか?かつて
この空気は夏の解放と希望を感じさせたのだった。
おなじ光と匂いと、そして風がそこに存在している。
僕らがともに暮らしたはじめての夏、
海を渡って懐かしい人たちに会いに行った。
僕はそのことをまるで忘れていたので、僕はその人に旅の行程を
尋ねなくてはいけなかった。あの写真の撮られた頃、
君はまだ存在していなかったということを確かめるために。
僕はもう懐かしさのなかにしか存在しないのか?とくに
このような素晴らしい夏の最初の週末をここで迎えることは
(輝く月にもまして)堪え難いことか?消えつつある運命。
もう帰るための道は失われ、明日の想い出さえ遥かに遠い。

それは遠い夏。それは……

2011年7月9日土曜日

東大阪2

今日は降りてみた。「帰ってきたよ…」。
その町を、その道を歩いた。その店に入った。
君にも言った。「帰ってきたよ」。死ななかった君。生きつづけている君。
でも、死んだかもしれない君。

君は歌っていたね(いまかわって僕が書いているのか?)。
坂を上がり、店を通り、道を、町を感じた。
神にも。神は神でありつづけていた。

その頃、階段を急いで降りてきた少女たち。
本当に次の週に死んでしまった男の子。
彼が(その直前に)つぶやいたフランスの地方の名前、
その名前を付けた店はいまもあった。もう彼の年齢を超えただろう。
そう、この間あなたが人の心を結び付け音をつなげ、思わず
勇気がくじけそうになりながらも、奏で奏でさせた空間を名付けたのは
その男の子なんだよ。きっと、彼は僕らの横に立っていたかもしれない。

坂を上がった新しい店では若いふたりの契りを祝う集まりがいまにも
終わろうとしていた。まるであなたたちのように。

ふり返るとやはり僕はその道の傍に座っていたんだ。こんどこそ
人と人を結びつける冒険をたゆまずつづけていこうとの決意をあらたに
戻ってきた。たゆまぬ人を惹きつける場をつくりつづけないと
あなたはやってこなかったはずだ。ぼくはその努力をしつづけなくて
ならないんだ……

2011年7月8日金曜日

東大阪

その町の人口はいま僕が住む(けっこう発展した)県庁所在地より多い。
それだけでなく、僕が(ある面)世界のどこかに置いてきた
忘れがたい、もはや帰らぬ空間と時間と経験(と感情)が
その空気にも(きっと)残っているのだ… どうして
僕はその町の東の端の山端の(世界の端と感じていた)場所に
住んでいたのか?日々傾向は悪化を辿ったのに。やっと
いま住む古都の郊外に戻ることが決まったとき、ふたたび
空気は僕の胸を流れ始めた。それまでは色のついた酸素や窒素や
失われゆく希望が僕の日常だった。にもかかわらず(いま)
その街の名は、風景は、(やってきた)住民は僕をノスタルジーで
苦しくさせる。今日も(不思議な)偶然がこの町で僕らの仲間を
結び付けていることを知った。いまも僕は涙なしに(この町を)
語ることも、書くことも出来ない。いつか(きっと)
あなたとともにあの坂を降りるであろう。あなたは
景色に見とれ、珍しい宗教的風俗を面白がるだろう。それまで
あなたはいまと同じようにそこに居るだろうか?ともに
あの街の不思議な空気を吸うために…。

2011年7月7日木曜日

腹立たしい忘れ物

その小さな器械は青色の似合うカバーを持ち、
僕の思いを直接・間接に伝えてきた。

それより前、一日も欠かすことなく書き続けてきた「日記」、
それは仲間たちに公開されてきたが、それが無意味でなかったのは
たとえば、いつ?どこで?そのようなことが起きてしまったのか?
どうして?(特に)僕はその時何を感じたのか?
を知ることが出来るが、それは(時を経て)一種の癒しとして
過去の時を悼むことができるかもしれない。

しかし僕はもはや「日記」を書かなくなった。
自分のための「メモ」も、もっとも親しい友人にあてた思いのたけも。
この青いカバーの小さな器械に「詩」という形式で書くだけ…。

それは、たとえば個人的な感情を綴ったとしても(誤解ではなく)
ほかの誰かの(その誰かの経験に重ね合わされ)共感を得ることが
(実際)あったし、なによりも僕の感情が外化され、
僕自身の感動を生むという(一見)奇妙なことがあったし、
もっとも美しく表現された感情がその感情が発生した対象から
思ってもみなかった色彩を見出されたり、
かつて(多くの)気がかりと心配と不安を生みつづけ、
何十時間、何百時間を超える対話を重ねた人は
(思わず)そこに自らを見出した。

それは(ある意味)間違っていない、
かつて流された血や涙は(確かに)
その時間帯にとどまり続けているのだ
(いまもなお…)(いつまでもきっと…)。

僕の小さな心の鏡は(もちろん)それ以外にも多くの機能を持つ。
それゆえ、昨日(再)発見したピアニストの音も姿も言葉も思いも
捉えることは出来なかったが、やっと、何十年も変わることなく
持ち続けている(何十冊目かの)手帳にようやくこの文の最初の
数行を記したばかりだった。

長い一日が終わり帰宅したとき、その小さな箱はあらたな知らせを
僕の不在の間も記しつづけていた………




2011年7月5日火曜日

IMFA

昨日、仲間と岡山に近い地方の町を訪れ、
信じられないような純粋な
音楽を聴いた。僕らは日本の若き音楽リーダーが連れてきた演奏家たちと
その町の人たちとの言葉の交流を手助けするために行ったのだが、
残念ながら、その機会は僕らの住む古都に帰る直前になってやっと
やってきて、僕らは旅立たなくてはいけなかった。
でも、その大きくはない、他の文化圏ともかけ離れたその町の人たちの
勇気と熱意と知的好奇心に感嘆しながら、僕らの共通の関心事である音楽、
最高の音楽が生成される現場に立ち会えたことの歓びとともに、
悪天候に乱されることなく、西日本の大都会をぎりぎりの時間で通り過ぎ
帰って来た。僕自身は珍しく夏風邪で時に最悪の気分を味わいながら、
舞台袖ではBeethovenの若き日の室内楽に感涙にむせいでいた。
今年、さまざまの音楽的冒険を試みてきた若い仲間の能力と
イニシアチブに感心しながら、このことがきっとあらたな挑戦に
共に向かうための(さらなる)きっかけになることを信じている…

2011年7月2日土曜日

不可能性の夢

今宵もまた不可能性の夢のなかをさまよい、
月は大きな力を人に与え続けている。
もはや一歩ずつ前に進むことが出来ない空気は音の中に潜んでいる。
日々の可能性はあやうげな体とその関係に依存している、
そして、それは永遠に続き、続かない。
希望は見出した場所に棄てられ、誰もそのことに気付かない。
言葉は傷つき傷つけられるので、意味は外に出される。それは
今宵も繰り返される夢なのか?それとも
月は歩みをひととき停め、再生とともに永遠の絶望をもたらすのか?

昨夜僕がさまよったのは過去の街だった…

昨夜僕がさまよったのは過去の街だった。いま僕が住む街の
パラレルワールド、毎日住むとなりあった場所。僕はここから
山の向こう側の煙とほこりの多いこの国のもうひとつの中心地の
ある地域に移っていき、そして何年かたって再び戻って来たのだ、
家族とともに。家族のために。おおくのものが変わり変わらなかった。
たとえば昨日の彷徨の主要な目的は善意の眼鏡店の店主に会うため、
彼は幼少期から眼鏡を手放せない僕にけっしてあらたな眼鏡を売ろうとせず
一回一回ていねいに直してくれる。そのたびに次は新しい眼鏡を
買おうと決心するのだが、昨日も踊り手を車に乗せようとして
歪んでしまった僕の眼鏡を正してもらおうと、善意が厳しい世の中でも
生き続けることを確認したくて、その店を訪れたが、
きっと僕が仲間との通信のため少し遅れた数十分かの間に
シャッターを下ろしたのだろう。
それでも、僕が過ごした(たぶんいまともう一つの)充実した
交流の、そして家族との時のdéjà-vu感覚を得るには充分だったかもしれない。
もちろんいま持っている感情はなく、もっと外向きであると同時に
内向きだった。昨日別れ際にもっとも親しい友人には「たぶん
いまこの時も(いつか)もっとも楽しかったと思えるように
なるようになる気がする」と言ったのだが、その頃はもっともっと
(もちろん若く)国籍も身分も職業も交じり合っていたし、
僕にとって特別の国であるフランスを(ある面)代表する人たちと
親しく、あちらこちらと即興的な遊びや表現や集まりや作品を
展開していたのだ?

何が変わったの?

まず僕はいま、その頃、生活の中心においていた集まりにはいない
(戻ったとは言え、その組織はもはや同じ様相を示していない、
友人たちも去った)。

再びあらたに作った集まりは(楽しく)でも僕はまだ外へは
(充分には)向かえないでいる(いつ?)(どうやって?)(誰と?)。

この梅雨の時期、かつて僕が動いたような規模、あるいはそれ以上に
この(僕の住む)町で美しい音の花火を上げることが出来た、
あらたな仲間たちとともに。彼らのおおくは(僕がいまノスタルジーを
感じている年齢に近く)かつての仲間が時を超えてよみがえったのか?
そうではなく、僕はいまほろびの時を背に、ふたたび「始めたい」と
思うにあたいする人たちだ…

さあ、過去から帰り、もう少し先の過去に向かい、(ともに)
国境を越えようか?

2011年6月30日木曜日

遠くからの知らせ

遠い国から届いた知らせ。かつて幼い時期をともに過ごした。
いちど寒い夏にその国を訪れてみた。
こころとこころはつながっているのか?
妹はわたしの胸から思わずもれるtoneを気にかけた。
「なぜだと思う?」
「わかる気がする…」

ここは灼熱。向こうはただ澄んだ青空が緑の大地に広がっている。

意外な依頼でこの通信は終わった。
彼女の友人がこの国に来て、最も古い神の社で結婚すると。
わたしは妹にかわってその契りの場に立ち会うことになった。

まもなく暮れる日を見てる、妹が用意する食卓を思い浮かべながら。
同じ太陽がかの地では明るく輝きだそうとしている…

2011年6月29日水曜日

ではどうしたら?

その答えが見つからないとき、人は夜の街をさまよう。
どうして、人と人のふれ合う心が苦しみを作るのか?
どうして想像の果てにあちこちに弾痕を残しながら定まらない歩みを
つづけなくてはいけないのか…?

いままたきらめく街角で天使が涙を流していると思った。
人が消えていかなくてはならない暗闇を明るく照らすその存在は
境目の道の向こう側に立っている。

ではどうしたら?

その問いかけはもはや答えを(永遠に)待つことなく棄てられている。
太陽が照りつける翌朝は幻想となって消えてゆくかのようだ。

そのおおきな疑問符に充ち満ちた表情はわたしの視界を覆っている。
音もささやきもmelodyも少しずつ沈黙に置きかえられつつある。

ではどうしたら?
Who knows?

2011年6月28日火曜日

残されたmelody

家族が残す思い出。たとえば言葉。たとえば夢。たとえばその姿。
彼女はmelodyを残し、その思い出はいまも心の中に生きつづける。
そして手から手と奏でられ、感動は伝えられる。人の優しさはこうして広げられる。